アクリテック(ACRYTEC)|株式会社菱晃

水槽パネルの歴史|今でこそ水族館の水槽といえばアクリル樹脂が主流ですが、1970年代初頭まではガラスが使われていました。水族館の水槽の歴史を振り返りながら、三菱ケミカルホールディングスグループとの係わりを中心に水槽の変遷をたどってみます。

世界初、アクリル樹脂製大型水槽窓の出現
日本最初の水族館 1882年(明治15年)上野動物園内に観魚室(うおのぞき)がオープン 国内で最初の水族館と言われています。

1966年 当社は、上野動物園水族館大水槽の改修工事に際し、世界で初めて水槽に大型アクリル樹脂板を納めました。幅6m、高さ2.2m、厚さ70mmのアクリル樹脂板を3枚方立てを介して連ね、当時としては非常に大きな観覧開口を持つ水槽でした。当社は当時として最大のアクリル樹脂板2.6m×2.2m、厚さ40mmに厚さ15mmの板を2枚積層(重合接着)し、更にこれを3枚横方向に突合せ接着(重合接着)し幅6m、高さ2.2m、厚さ70mmのアクリル樹脂板を製作しました。このアクリル樹脂板は工事現場で常温のまま強制的に湾曲させて施工をおこないました。世界初の大型アクリル樹脂板誕生の裏では、接着剤が綺麗に固まらず貼り直したり、接着剤の強度が足らず現場で湾曲させた際に剥がれてしまったりと失敗を重ね、その度に水族館の開館日程を変更していただくというご迷惑をおかけしたものでした。関係者の暖かいご支援によって大型水槽の時代が開幕しました。上野動物園の水族館は1975年に再び改修工事がおこなわれ、1996年に移転し葛西臨海水族園として生まれ変わりました。跡地は爬虫類館となっており、そこにもアクリル樹脂が使用されています。
回遊水槽、海洋水槽の誕生、アクリル樹脂製水槽窓の普及
1970年 香川県に屋島山上水族館、静岡県に東海大学海洋科学博物館が建設され本格的に三菱レイヨン(現、三菱ケミカル)製アクリル樹脂板(アクリライト)が水槽窓として使用されるようになりました。

屋島山上水族館には直径10m、高さ2.1mの回遊水槽を、筆頭に幅5.1m×高さ1.8m×厚さ70mm、幅5.1m×高さ1.8m×厚さ35mm、幅3m×高さ1m×厚さ25mm2枚、幅2m×高さ1m×厚さ25mm、幅1.8m×高さ1.8m×厚さ35mm、のアクリル樹脂板が第一期工事で使用されました。

東海大学海洋科学博物館には幅2.5×高さ6m×厚さ150mm12枚と幅1.5m×高さ6m×厚さ110mm4枚のアクリル樹脂板とH型鋼材の柱で600トンの水を支える透明な壁を構築し、「海洋水槽」の名にふさわしい大水槽が誕生しました。1980年に改修工事がおこなわれています。

当時はアクリル樹脂板の長期許容応力を7MPa、突合せ接着部分の長期許容応力を2MPa,開口短辺の「たわみ」を1/200として板厚を算出していました。

大型水槽としてアクリル樹脂板を使用した実績が乏しい時代であったため、算出した板厚を検証する為に小型の模型(モデル)を作り、必要な水圧を得る為に水の変わりに比重の重い液体として水銀を満たして実験をおこないました。更に、施工後の水張り試験時に変形量の実測と歪ゲージによる歪測定で発生応力の算定をおこない設計の妥当性を確認しました。この時のデータがその後の水槽設計の基礎として活かされ、アクリル樹脂水槽窓の普及に役立ってきました。
マリンシーラントGXの開発
アクリル樹脂の線膨張係数は0.00007/℃です。これは、例えば幅10m(10,000mm)のアクリル樹脂板に20℃の温度差を与えると0.00007×10,000×20=14mm、板が伸び縮みします。

また、アクリル樹脂は水を吸います。最大2.1%の吸水率があり、この時0.4%の伸びが発生します。 ガラスと違い施工後も伸び縮みを繰り返すアクリル樹脂板の止水シールは技術的に難易度の高い課題でした。

大昔、ガラスが主流の頃は杉やヒノキの枠が使われ、木が水を吸って膨らむことで止水をおこなっていました。当社では初期、ポリサルファイド系のシール材を使用していましたが、硬化後のシールは硬く脆く、アクリル樹脂板の伸び縮みに対し剥離が生じ水漏れを起こすことが多々ありました。

屋島山上水族館の施工ではフランス製1成分形シリコーンを使用しましたが少し塗っては乾くまで待ち、また塗っては待ちと作業性が悪く一度きりの使用となりました。

その後、信越化学工業株式会社から2成分形シリコーン「シーラント70」を紹介いただき、小樽水族館で初めて使用しました。当社の研究所(当時の樹脂加工研究室)で評価したところ、耐久性、伸縮性に富み大型水槽にうってつけのシーリング材ではありましたが深い目地では、注入されたシール材の深部の硬化が悪く、またクリープし易いことが判ってきました。そこで、水槽用として必要な特性を投げかけたところ、信越化学工業株式会社は第三の成分として深部硬化剤を開発。これにより今日、水槽用シール材として広く普及している3成分形シリコーン「マリンシーラントGX」が誕生しました。

国営沖縄海洋博覧会記念公園水族館で初めて使用されました。長期にわたり水漏れをおこさない信頼性の高いシール材です。

1974年 北海道に小樽水族館、施工
1975年 国営沖縄海洋博覧会記念公園水族館、施工
世界中にアクリル樹脂製水槽窓を供給
当社は1970年代後半から、世界各地へアクリル樹脂製水槽窓の輸出、海外での施工をおこなってきました。

1977年 西ドイツのシーバッサー水族館に幅2.4m、高さ1.6m、厚さ70mmのアクリル樹脂製水槽窓を輸出
1977年 アメリカのサンディエゴシーワールドに幅3.9m、高さ2.6m、厚さ120mm、6枚、幅7.5m、高さ2.6m、厚さ140mm、1枚を輸出、取り付け、シーリング実施
1978年 アメリカ、パシフィックビーチホテル
1979年 アメリカ、ニューヨーク水族館、オーランドシーワールド
1981年 アメリカ、モントレーベイ水族館

‥‥‥ その後も世界各地にアクリル樹脂製水槽窓を供給し続けています。
世界初、トンネル水槽完成
1979年 アメリカ、オーランドシーワールド

日本に先駆けて、アメリカオーランドシーワールドにトンネル型水槽を納めました。サメが泳ぐ水深4mの水槽の底を弧長4.5m、厚さ95mm、総延長40mのトンネル水槽を施工。まさに海の底を歩く、今までに無い画期的な水槽になりました。製作過程では、1/10のモデルを作成し、トンネル内を真空ポンプで減圧しながら強度を測定しました。真空度が上がると最終的には大音響と共に爆縮し、限界を確認することができました。実験と平行して、コンピューターによる強度計算をおこない、設計の検証をおこないました。

現地施工後の水張り試験では、なんとトンネルの中で待機させられ、身を持って設計の妥当性を検証してきました。これらの経験がその後1988年、串本海中公園センターのトンネル水槽の成功に継がりました。
トンネル水槽の構造安全性が認められる
1988年 和歌山県 串本海中公園センター 弧長4.4m、厚さ95mm、長さ2.7m×5本によるトンネル水槽完成。

串本海中公園センターは、オーランドシーワールドに次ぐ世界で2本目、日本初のフレームレストンネルとなりました。それまでに国内でアクリル樹脂だけを構造体として使用した例は無く、建築物としての安全性を確認する必要がありました。そこで日本建築センターに評定を依頼し、1987年11月、構造耐力の安全性に対しお墨付きをいただきました。これを機に当社のトンネル水槽はフレームレスが標準となりました。
接着技術の完成
アクリル樹脂水槽窓の接着に使用される接着剤はアクリル樹脂の原料であるMMA(メチルメタクリレート)モノマーを予備重合した、シラップと呼ばれる粘凋な液体です。これに重合開始剤を入れて化学反応(重合反応)により硬化させて接着します。大型水槽用のアクリル樹脂水槽窓はアクリル樹脂を縦横方向に接着して大きくするだけではなく、アクリル樹脂板を何枚も貼り合わせて水圧に耐えうる厚さにします。

当初、接着層の厚さは2mm以下でないと、重合硬化時の発熱で発泡し、良品を得ることができませんでした。このため接着層の隙間を2mm以下に維持しようとすると狭い隙間にシラップがうまく流れ込まずに空気がたまることもあり、そうなると板を剥がし、注入したシラップを掻き出し、板に付いたシラップは削り落とすという大変な作業となります。また、うまく流し込んでも硬化時に発泡したり、または重合収縮で空隙ができたりと接着は苦労の絶えない作業でした。特に初期の接着剤はその強度も低く、接着部分が剥がれる事もありました。このため取り扱い性が良く、接着強度の高い接着剤の開発が進められてきました。

1975年 国営沖縄海洋博覧会記念公園水族館の水槽窓製作に、完成した新しい接着剤が使用されました。新しい接着剤は接着層が10mm以下であれば多少の厚みの変動にも支障なく綺麗に硬化し透明性も高く、しかも突合せ接着部分の長期許容応力を5MPaにアップすることができました。これ以降当社では接着層の厚みを5mmと決めました。 接着技術はその後も進化を続け、工事現場の不安定な環境下でも接着できるよう改良が施されました。

1982年 和歌山県自然博物館、幅15m、高さ3.3m、厚さ195mmの大型水槽窓を工事現場で初めて重合接着し施工しました。
1989年 東京都葛西臨海水族園、超大型水槽(まぐろの回遊水槽)を工事現場で重合接着し施工しました。
2003年 秋田県立男鹿水族館:幅12.0m、高さ8.0m、厚さ500mm。
2004年 東京品川エプソンアクアスタジアムでは、日本最大全長20mのトンネルを現場重合接着で一体にしました。
パートナーとともに
当社はアクリル樹脂板を生産し接着技術や加工技術、施工技術を開発してまいりました。実際にアクリル樹脂板を水槽用の窓として加工をするのは樹脂加工メーカーです。

1966年 上野動物園水族館では新光合成とともに接着技術を開発しました新光合成は当社のアクリル樹脂板製造の一翼を担ってきました。

1970年 屋島山上水族館では曲面成形と積層接着を(株)フジワラ(当時、藤原工業所)に、突合せ接着を日本ペアライト工業と共に進めていきました。(株)フジワラは水槽以外のアクリル樹脂加工品で今もお世話になっています。

日本ペアライト工業は残念ながら経営が好調な中、突然に倒産をしてしまいました。そのため、東海大学海洋科学博物館の水槽窓製作では(株)シンシ(当時、伸始工業)とともに加工をおこないました。これ以降、(株)シンシをパートナーに歩んできました。

1992年 (株)シンシ北関東工場が栃木県佐野市に完成。アクリル樹脂の加工拠点として多くの製品を出荷しています。
1995年 三菱レイヨン(現、三菱ケミカル)から菱晃に事業移管、これにより 菱晃-三菱ケミカル-シンシ の三社協力体制となりました。
燃えるアクリル樹脂、燃えないアクリル樹脂製水槽窓
アクリル樹脂は可燃物です。建築の世界では一般に構造物としては使用できない材料です。しかし、水族館では使用が許可されています。アクリル樹脂は300℃以上になると原料のMMA(メチルメタクリレート)モノマーに分解し、400℃以上では発火し燃焼します。

1975年 国営沖縄海洋博記念公園水族館の建設に当たってはアクリル樹脂の可燃性が問題となりました。そこで当社の樹脂加工研究室で実際にアクリル樹脂の燃焼実験をおこないました。厚さ3mmや5mmといった薄板はバーナーの火を当てるとまもなく着火し、バーナーの火を遠ざけた後も燃え続けます。しかし水槽窓に使われる厚板の場合は様相が違います。当時の実験結果では厚さ50mmのアクリル樹脂板を水平に置き、アクリル樹脂板の下側面にブンゼンバーナーの還元炎(約1400℃)の先端を31分間当てました。バーナーの火を遠ざけると火は直ぐに消え、アクリル樹脂には直径70mm、13mmの凹みが生じただけでした。しかも、炎が当たった面の反対側は31分間に約8℃しか温度が上昇しませんでした。アクリル樹脂は熱伝導率が低く、1400℃の炎を当ててもその周囲は低い温度を維持し燃えにくいのです。

しかも、営業をしている水族館の場合、水槽には満々と水が湛えられアクリル樹脂板の温度上昇を抑えられます。

2003年12月 デンマークのノースシーミュージアムで火災が発生し新館が全焼。

この大火災でアクリル樹脂水槽窓の1枚が、落ちてきた鋼材でひび割れが生じましたが、それ以外のアクリル樹脂水槽窓は全て表面が焦げたものの燃えて損壊した板はありませんでした。不幸な出来事ではありますがアクリル樹脂製の水槽窓が燃えないことが実証されました。ノースシーミュージアムは当社が1997年に幅12.3m、高さ6.3m、厚さ410mmの大型アクリル樹脂水槽窓を初め、11枚の水槽窓を納品施工した現場でした。そして、今回の火事の後、当社は焦げたアクリル樹脂水槽窓の再研磨と鋼材が当たり破損した水槽窓の交換、再シーリングを実施し2005年7月に水族館は再開されました。
水族館、大型化の波
アクリル樹脂は、接着によりその厚さ、サイズを無限に大きくしていくことが可能です。しかも、無機ガラスに比べて可視光の内部吸収が殆ど無い為、厚くなっても光の透過度が落ちません。この特徴が認知され、水族館の水槽は大型化の一途をたどってきました。

当社がこれまでに手がけてきた大型のアクリル水槽窓を時系列に並べると

1970年 東海大学海洋科学博物館: 幅 2.5m、高さ5.5m、厚さ150mm
1975年 国営沖縄海洋博記念公園水族館: 幅 4.0m、高さ3.7m、厚さ200mm
1980年 南知多ビーチランド: 幅 3.6m、高さ3.3m、厚さ214mm
1988年 東京都葛西臨海水族園: 幅 9.4m、高さ4.6m、厚さ260mm
1989年 大阪海遊館: 幅 5.9m、高さ5.0m、厚さ300mm
1993年 上越水族館: 幅 7.3m、高さ5.8m、厚さ335mm
1999年 アクアマリンふくしま: 幅11.3m、高さ5.7m、厚さ350mm
2003年 秋田県立男鹿水族館:幅12.0m、高さ8.0m、厚さ500mm

これに合わせて供給側のアクリル樹脂素板も大型化していきました。
1970年代半ばまで当社のアクリル樹脂素板のサイズは2.6m×2.2mでした。
1975年 国営沖縄海洋博記念公園水族館の建設時に5m×2.8mと5m×3.8mのアクリル樹脂素板を生産開始。
1989年 大阪海遊館の建設時には6.3m×2.8mのアクリル樹脂素板を生産。1991年には8m×3mのアクリル樹脂素板生産を開始しました。
変わる水族館
北海道旭山動物園のアザラシ水槽はアザラシの習性を生かした新しい展示方法を私たちに提示していただきました。これまで、大型化一辺倒の水槽設計に新しい息吹が吹き込まれたものと感じます。

2003年 北海道旭山動物園あざらし館 円筒水槽を納品施工
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